<染飯の発祥は大蛇のお告げから>

しかし、大蛇がこうなるまでの間、この池の近くで大蛇を弁財天として 信仰していた嘉兵衛夫婦は、時折、強飯にこの池の周辺でとれるくちなしの実 を添えたお櫃を池に納めると、不思議なほど開運に恵まれて幸せに暮らしていた。
ところが年も経て徳川中期、子孫の嘉助が弁財天の信仰に入ったある夜、 夢の中に弁財天が現れ、「我は汝の祖先に愛されてきた大蛇。祖先への御礼として 汝はくちなしで染めた強飯を我がコケラの形(三角)にしたムスビを旅人に 与えよ。されば開運を得られん!」と告げた。
早速、嘉助夫婦は水上(現在の青島小学校辺り)に休み茶屋を開いて、 このくちなしで染めた強飯(染飯)を商ったところ、東海道を旅する旅人に 喜ばれ、瀬戸(藤枝)の名物として名を高めた。その後、嘉助夫婦とその子孫たちは、 代々染飯を商って生計を立て、幸せに暮らした・・・と伝えられている。
(駿遠時報「郷土の史蹟と伝説」より)